第1話:「声の可能性①」
サン・ラー、フランク・ザッパ、ジョン・ゾーンなど、世の中にはそのディスコグラフィーを把握するのが困難なアーティストがいる。
今でこそインターネットでたくさんの情報を得ることができるが、かつてはガイド本でも発売されない限りは、こういうアーティストの全貌を把握するのはほぼ不可能であった。
で、こういうアーティストの傾向として、やたらと当たり外れが大きいというのがある。
サン・ラーなどはまったく「普通の」ジャズとしかいいようがないアルバムもあれば、シンセサイザーでふざけているのかと思うようなものまであり、インターネットが普及するまでは、サン・ラーのアルバム買う=ギャンブルみたいな感じだった。
(それはそれで楽しかったけど。)
あの時代を思い返すと、今は実に恵まれていると痛感する。ネットでいくらでも情報を得られるだけでなく、YouTubeで視聴までできるのだから。
さまざまな音楽を聴いてみる時間が増えている昨今。膨大なディスコグラフィーを誇るアーティストをチェックしてみるのも悪くないだろう。
メタル界のディスコグラフィー把握困難大魔王と言えば、やはりマイク・パットンだろう。
フェイス・ノー・モアを筆頭に、ミスター・バングル、ファントマスあたりでの活動は、よく知られている。
だが、これ以外にも大量のプロジェクトが存在。そのスタイルもアヴァンギャルドなものからヒップホップ、ほとんどムード歌謡みたいなものまで千差万別。
そんな中で、エクストリーム・メタル・ファンにオススメしたいのが、ムーンチャイルド・トリオだ。
これはジョン・ゾーンがプロデューサー、コンダクターを務めるプロジェクトで、トリオはマイク・パットン(Vo)、ジョーイ・バロン(Dr)、トレヴァー・ダン(Ba)の3人からなる。「ムーンチャイルド」と聞いてピンと来る人も少なくないだろうが、そう、これはアレイスター・クロウリーが書いた小説のタイトルだ。
このプロジェクトは、クロウリー、アントナン・アルトー、そしてエドガー・ヴァレーズにインスピレーションを受けてスタートしたものというだから、それだけでも興奮するではないか!06年のデビュー作、『Moonchild: Songs without Words』収録曲のタイトルを見てみても、「Hellfire」、「Ghost of Thelema」、「Possession」、「The Summoning」なんていう具合で、ほとんどブラック・メタルのアルバム。
実際、音の方もエクストリーム・メタル・ファン向けなのは確実で、rateyourmusic.comを見てみても、ムーンチャイルド・トリオのジャンルには「アヴァンギャルド・メタル」、「スラッジ・メタル」なんていう呼称が並んでいるのである。前述のデビュー作から14年の『The Last Judgement』まで、通算7枚のアルバムをリリースしている彼ら。
マイク・パットンの紹介なら、普通はフェイス・ノー・モアからだろうというのもわかるが、ムーンチャイルド・トリオから入るのにはわけがある。マイク・パットンは、個人的に最も尊敬しているヴォーカリストの1人なのだが、その凄さが一番よくわかるのが、このムーンチャイルド・トリオでのヴォーカル・ワークなのではないかと思うのだ。
(それに今更フェイス・ノー・モアの紹介を改めてする必要もないだろう。)
というわけで、次回はムーンチャイルド・トリオのアルバムを具体的に取り上げていこうと思う。
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